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橋迫瑞穂『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ』

橋迫瑞穂『妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティ集英社、2021

 

妊娠に関するスピリチュアルな言説に悩んでたのでこれは良い本。

 

そこには、産むことを決断する意味や価値を、自分の内側に積極的に見いださなければならない日本の現況がある。

なぜならこの社会は、妊娠・出産を経て子どもを持つことに伴う負担を女性にだけ課し、常に決断と絶え間のない努力を女性にだけ要求してくる。

 

こうした社会は子どもを生み出すという決断が困難であればこそ、妊娠・出産が素晴らしい体験であることを願う女性たちの思いに、一層切実なものがあることは想像に難くない。

 

しかし、妊娠・出産をめぐるスピリチュアリティにはナショナリズムとの親和性が高い傾向がうかがわれる。というのは、そもそも妊娠・出産自体が、少子化が国力との関係で問題視されたり、保守的な家族観に基づいて取り沙汰されたりする。

 

(妊娠・出産が)九十年代を境に聖化の方向に舵を切ったのは、どのみち困難な道のりが待ち受けるなかで、女性が妊娠・出産に対する新たな意味や価値を希求せずにはいられなかったからではないだろうか。

 

「胎内記憶」と胎教

そして注目すべき点としては、「胎内記憶」では、母親と胎児の関係が重みを増すにつれて、それに反比例するかのように父親の影が薄くなる傾向にあることが挙げられる。(. . . )人間にはありえない単為生殖すらも肯定されているのは、もはや父親を必要としなくなる「胎内記憶」のありようを示していると推測される。

 

「自然なお産」

そして同書では、現代医療が介入するお産だけでなく、未熟児として生まれた子どもが現代医療によって命を長らえることも批判する。なぜなら由井にとっての「自然なお産」とは、健康な子どもとそうではない子どもが、いわば峻別される機会だからである。

 

これを読んで思ったけど、私は未熟児だったので、今元気に生きているのは現代医療のたまものなんですね。「自然なお産」だったら死んでたわ。

 

そうする(妊娠・出産する女性を賛美する)ことで、妊娠・出産の担い手たる女性の存在を聖性視し、男性にとって不可侵の存在として設定されている。しかしこのことは逆に言えば、日本での言説では、妊娠・出産においては男性は何ら責任を負うことがなく、最初から免責された存在として見なされているということをさす。(. . . )こうした状況が男性の産婦人科医によって強調されているのも、興味深い点だと言えるだろう。

 

これはおもしろい!

 

それ(三砂の主張)は、女性性器を有して、女性の身体に生まれたというだけで、ともすれば社会から不当な扱いを受ける事態から、女性自身の意識やありようを守ってくれる価値観でもある。こうして、妊娠・出産しうる身体に生まれてきたことそのものが、ようやく重要な価値を帯びるものとして浮かび上がる。

 

このような現代の女性に対する否定的な評価は、理想像としての「昔の女性」との対比でより強調される。ここでいう「昔の女性」とは、伝統的な生活を送ることで心身ともに健やかに鍛えられて、良好な妊娠・出産を迎えることができる女性のあり方を指す。こうした理想像からは、保守的な女性像が見出される。

 

確かに、スピリチュアル界隈で「昔の女性」を理想化しているところは気になってた。

 

やや話は逸れるが、現代日本社会において、いまだに産科医療が無痛分娩の普及や、ピルや避妊薬の解禁に消極的なのは、妊娠・出産のイニシアチブを移譲することへの忌避感も影響していると推測される。

 

したがって、「スピリチュアル市場」での妊娠・出産に関するコンテンツから透けて見えるのは、社会に対して女性たちが前向きに諦めようとする態度だとも言える。

 

こうした危うさを抱えつつも、それでも「スピリチュアル市場」を通して妊娠・出産に関するコンテンツが広まった背景にあるのは、「仕事か出産か」「キャリアか母親か」という選択を女性だけに一方的に迫る社会である。

 

大変有意義な読書体験でした!