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山本文緒『ばにらさま』

山本文緒『ばにらさま』文藝春秋、2021

山本文緒は、2015年ころにエッセイ『結婚願望』だけ読んだことがあった。小説を読むのは初めてだったけど、とても好きな文章。以下はお気に入りの表現のメモ。

 

ばにらさま

この界隈で働く女性は、大雑把にふたつに分けられることが分かった。僕の女上司のように細いパンツスーツを着るグループと熱帯魚のようにひらひらオフィスを行き来するグループ。パンツスーツはゆうゆうと一匹で泳ぎ、熱帯魚は群れている。群れているのは正社員ではなく派遣で働く子がほとんどだった。

 

わたしは大丈夫

あの頃、街は真水のプールみたいだった。地下鉄やタクシーに乗ってすいすいとどこへでも行けた。涙だってサラサラしていて薄かった。いつの間にか私は海に出て、いまは粘りけのある波に翻弄されている。

 

菓子苑

異性という慣れない存在が私の磁場に入ってきつつある。

 

今は誰からも愛されておらず、生きる甲斐のようなものを見失って虚無に沈んでも、冷凍された幸せをちょっとずつ解凍して食べ、生きながらえている。この世に生まれおちたとき、私は歓迎されたのだという記憶があるから、なんとかやってこられたのだと思う。

 

嫌気がさしても嫌悪しても、本心というものは空に月が浮かんでいるのと同じで変えようがない。月は要らないからと爆破できない。

 

子供おばさん

私は子供だな、おばさんなのに子供だな、子供おばさんだなと駅の階段を上りながら思った。今はもういない祖母が、飼っていた猫を撫でながら、おまえは赤ん坊を産んでいないからいつまでたっても子供だねえと目を細めてよく言っていた。あれの可愛くない版だ。大人になりきれなくて可愛いねえなどと、誰が人間のおばさんの頭を撫でるだろうか。

 

何も成し遂げた実感のないまま、何もかも中途半端のまま、大人になりきれず、幼稚さと身勝手さが抜けることのないまま。確実に死ぬ日まで。